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高松高等裁判所 昭和47年(ラ)13号 決定

抗告人

新田京子

代理人

岡林一美

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める。」というにあり、その理由は別紙に記載のとおりである。

よつて判断するに、不動産に譲渡担保が有効に設定された場合には、不動産の所有権は、少なくとも外部的には完全に、譲渡担保設定者から譲渡担保権者に移転するのであるから、譲渡担保権者が、所有権移転の登記を経由した以上、その所有権取得をもつて、譲渡担保権設定者の一般債権者その他の第三者に対抗し得るものと解すべきである。したがつて、譲渡担保設定者の一般債権者としては、その不動産の所有権の帰属につきこれに反することを主張して、これに対し強制執行に着手することは許されない。もつとも、動産の譲渡担保においては、普通、占有改定により対抗要件を備えるに止まり、目的物が依然として譲渡担保設定者に用益されているところから、これに対し、譲渡担保設定者の一般債権者からの強制執行が開始されることがあり、右手続中、具体的ケースによつては、譲渡担保権者は、一般債権者に対し、目的物について優先弁済権のみを主張することができ、所有権を主張することはできないと解するのを相当とする場合のあることが考えられるが、不動産の譲渡担保においては、所有権移転の登記がその対抗要件となるから、動産の場合と同一に論ずることはできないといわなければならない。

これを本件についてみるに、一件記録によれば、原決定添付目録記載の不動産については、その元所有者であつた債務者峠康夫から中央食糧株式会社に対し、同会社に対する金一億六、〇〇万円の借受金債務の担保のため譲渡担保の設定がなされ、昭和四五年三月二〇日売買を原因として右会社のため所有権移転登記のなされていることが認められる(右の事実は抗告人自からも主張するところである)。してみれば、中央食糧株式会社は右同日以降は右不動産の所有権取得をもつて債務者峠康夫の一般債権者である抗告人に対抗し得るものというべきところ、抗告人から右不動産に対する本件強制競売の申立がなされたのは昭和四六年九月一〇日であることは記録上明らかであるから、右強制競売の申立を却下した原決定は相当であつて、右決定には抗告人主張の如き違法はなく、本件抗告は理由がない。

よつて、民訴法四一四条三八四条により本件抗告を棄却し、抗告費用は、同法八九条により抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(加藤龍雄 後藤勇 小田原満知子)

(別紙)

一 譲渡担保を内容とする所有権移転ある場合に於て担保権者である所有者は担保物件を処分して優先弁済を受ける権利を有するのみで、それ以上の所有権者としての権利を有していないことは己に今日の定説であると信ずる。

右にいう処の担保権を内容とする所有権の性質及効用は所有権が動産であると不動産であるとの間に区別せられる道理は存しないものと抗告人は信ずる。

二 ただ実際界に於ては技術上手続上の関係から考えて動産の場合は一般債権者からの強制執行は容易であるけれども不動産の場合には登記の公示に妨げられて一般債権者は容易に強制執行をなすことができないのが実情として存することは疑いがない。

三 然るに不動産譲渡担保に対する場合に一般債権者の強制執行不能は技術的手続上の問題が執行を不能にするのであるから換言すれば登記の公示に妨げられて当該所有権移転が担保のためにしたものであるか、はたまた本来の完全全能の所有権移転であるかの見わけがつかないために之を不能にするの外なきものである。上記技術的手続的というのは此の事以外にはないものと信ずる。

四 果して然らば漠然たる不動産所有権移転登記として公示せられた所有権移転の内容が譲渡担保のための所有権移転登記である事を証明するに足る厳格なる証拠が存在する場合には公示に膠着することなく譲渡担保の原則に立ちもどり当該担保権者を物件所有者として債務者に対する一般債権者の競売申立を許さるべきものと信ずる。

五 故に抗告人が債務者と譲渡担保による所有者との間の徳島簡易裁判所で作成した和解調書によつて本件物件所有者中央食糧株式会社と債務者峠康夫問の本件不動産所有権移転が譲渡担保による所有権移転たる事を証明し、右当事者間の所有権移転の公示の内容を十分に明確にした以上原裁判所は抗告人のした競売申立により強制競売開始決定をなさざるべからざるものと信ずる。

六 然るに原裁判所は譲渡担保に関する一般法理を認め疏明書類たる和解調書を認め且つ本件物件所有者と債務者間の所有権移転が譲渡担保たる事を認めながら徒らに公示に膠着して公示という基礎に立ちて抗告人の強制競売申立を却下したことは理由不備理由齟齬甚だしく勇気を欠いた決定であつて抗告人の到底服する能はざるものであるから即時抗告もまた止むを得ざる処である。

七 更に司法は衡平を貴ぶ、本件の場合強制競売を許すことによつて公示せられた譲渡担保権者は債権の優先弁済を受けるから何等の損害を与えることはない。

反之公示に膠着して本件競売申立を許さない場合公示せられた譲渡担保権者が、物件を善意の他人譲渡した場合、更に転々譲渡せられた場合には一般債権者にして現に強制執行をなさんとするものは遂に債務者からは厘毛の弁済も受けることができない結果を招来する事にも成り得る事に着眼すれば本件強制執行申立の如き場合に於ては公示という事に膠着して狐疑躊躇する如きは百害あつて一利なきに帰するのである、勇敢に衡平の原則を守るべきであると信ずる。

以上を以て抗告理由とする原決定を取消し本件強制執行を許す旨の決定を求める次第である。

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